わたしと病気 その5

警察署での事情聴取がはじまる。

 

顔写真を撮られ

 

全ての指の指紋もとられる。

 

 

そして、聴取では相変わらず

 

あいちゃん設定で嘘をつき通すわたし。

 

宗教施設で育った。

 

世間のことはほとんどわからない。

 

どこからきたのかもよくわからない。

 

そして、戻りたくない。

 

そう、繰り返すわたしに

 

半ば呆れ顔の刑事さん。

 

 

荷物の中身を詳しく調べられ

 

どうしても捨てられなかった

 

大切な本とiPodについて

 

これはどうしたの?と訊かれる。

 

東京で、知らないお姉さんに

 

親切にしてもらって

 

そのひとから貰ったと答える。

 

船の乗り方まで、その人に教わったと。

 

「こんな高価なものを?そんな人いるか〜?」

 

不審がられる(当然)。

 

「宗教って、お祈りとかあるの?」

 

そう訊かれたわたしは

 

咄嗟にお祈りを実演してみせる。

 

「あ〜もう、いいよいいよ」

 

苦笑いする刑事さん。

 

 

二日間、そんな調子で押し問答(?)し

 

とりあえず、本土に戻して

 

身元不明のまま

 

都内の福祉施設に送ろうという結論に。

 

 

病院のスタッフさんにも

 

村の担当職員さんにも

 

刑事さんにも

 

周り中から怪しまれていたに違いない。

 

今ならわかる。

 

なのに、心の中でひとり喜ぶわたし。

 

『これで、◯◯は終わり。

 

あいちゃんとして新しい人生を

 

生き直せるんだ。』

 

もはや、なにが目的なのかわからない。

 

死にたいのか、生きたいのか。

 

なぜ◯◯じゃダメなのか。

 

自称あいちゃんに今、問い質したい。

 

 

そして、小笠原から本土(「内地」って村の人は言っていたな)への船に乗る。

 

付き添いの刑事さん2人と共に。

 

とても、親切な方たちだった。

 

中堅さんとベテランさんのコンビで

 

明るく気さくに接してくれる。

 

 

「あいちゃんは将来どういう仕事がしたい?」

 

ベテランさんとそんな話になり、ふと

 

「施設にいた頃、雑巾を縫うのが好きだった」

 

と答えた。

 

すると刑事さん

 

「ウチの妻はね、刺繍ってわかる?

 

あれが得意でね

 

すごくステキな作品を作るんだよ。

 

いつも感心しててね。

 

あいちゃんも、刺繍やってみたらいいよ」

 

そう言って、励ましてくれる。

 

こんなウソつきのわたしに

 

そんな温かい言葉をかけてくれる。

 

 

今思い返せば返すほど

 

なんて罪深いのだろうと思う。

 

こんな善良な人たちに対して

 

ウソで対応していたわたし。

 

いろんな人たちの手を煩わせて

 

それでも新しい人生を手に入れるんだと

 

必死になっていたわたし。

 

今だったら、なんて声をかけるかな。

 

やっぱり、本当のことを話してって言うな。

 

そしてそれは、村で関わった全ての人が

 

わたしに対して思っていたことだろう。

 

 

一晩明けて、次の日の朝

 

もうすぐ東京竹芝桟橋に着くという頃

 

ベテランさんの携帯に何か連絡が入る。

 

そしてチラッと、わたしの顔を確認する。

 

…ああ、もしかして、身元割れたかな…。

 

そう、直感する。

 

そして、船は桟橋に到着した。

 

 

つづく。